<Lily of the valley―例え貴方が貴方でなくても>
夢見てた。
いつかこの手で復讐を遂げるのだと。
思い描く毎日だった。
済ました態度でいる公爵子息をこの手で殺すことを。
あの髪色と同じ色で子供の白い肌を真紅に染め上げるのだ。
それだけが、『生きる理由』だった。
夢だと思いたかった。
誘拐されて戻ってきた赤子同然の子息を目の前にしたとき。
築き上げていた砦がまるで崩されてしまったような思いだった。
無邪気な笑顔を向けてくる子供は、到底以前の子息とは似ても似つかなかった。
俺は一か八か、賭けをした。
そして俺は、『生きる理由』が変わった。
* * * * *
ケテルブルクで俺はジェイドに言うことも言えずに終わった。
いやだってあの赤い瞳で見つめられると俺の決意もしおしおに萎んじゃうのは仕方ないだろう?!
無言の圧力みたいなのがあってすっげー怖いんだっつーの!
タルタロス修復後、ローテルロー橋に到着したのは街を出てから三日後だった。
グランコクマにはテオルの森を抜けていかなければならない。橋へタルタロスを接岸させて大地に足を
下ろす。揺れる船の上と地面とではやっぱり感触が違う。たった数日大地を踏みしめていなかっただけ
なのに随分と懐かしい感じがした。
相変わらず皆の態度はとてもとても冷たい。
唯一イオンだけは俺を気にかけてくれていたけど、それに甘えるわけにはいかなかったからなるべく突
き放すような言葉を言っていたのに。
イオンはただ俺を見つめてただ微笑んでいた。
イオンの身体を気遣いながら休み休みでテオルの森の入り口に到着した。
ジェイドは俺たちを残して一人先にグランコクマへ向かった。ジェイドが戻ってくるまでの間、俺は木に寄
りかかってぼんやりしていた。あー、青い空だななんてぼけっとしていると、森の奥から悲鳴が聞こえて
来た。そこで俺は重大な事を忘れていたことに気がついた。
この先には六神将のラルゴとシンクがいる。
それと―――
悪夢の始まりだ。
* * * * *
マルクト兵に見つからないように隠れながら急いで駆けつけると、兵士が倒れていた。ナタリアとティア
が息を確認して首を微かに横に振った。何が起きたのか、当惑する皆から視線を外して俺は現れた巨
漢を睨み付けた。ラルゴも巨大な鎌を構えて俺に向かってきた。ブォンと風を切る鎌をしゃがんで交わ
し、曲げた膝をバネにラルゴの懐へ飛び込む。だけどやっぱり六神将。振り上げた俺の剣をラルゴは
鎌の柄で防御すると、剣をとられて隙だらけになってしまった俺の腹に拳を叩き込んできた。衝撃に吹
っ飛んで受身も取れず地面を転がる。が、はっ、と息が詰まって咳き込みながら何とか上半身を起こし
た。
肋骨折れてなきゃ良いけど。そんな事を考えていたら、ティアの悲鳴が上がった。
「ガイ?!」
「・・・・・・っ?!」
俺は脊髄反射で後ろに引っくり返って首を狙って振り下ろされた剣を避けた。急いで顔を上げれば、そ
こには剣を構えたガイの姿があった。蒼い瞳に込められた殺気。憎悪と殺意に染め上げられた双眸が
恐ろしかった。すっとガイは再び剣を構えて俺に踊りかかってくる。俊敏な技を使いこなすガイは俺にし
てみると厄介な相手だった。足の速さを利用して一気に間合いに詰めて来てガイは躊躇うことなく俺の
命を狙ってきた。
だけど問題はそんなことじゃなかったんだ。
哀しかった。ただ悲しかった。
ガイがこうして過去に囚われて復讐に掻き立てられている姿を見て。
『前』は、暗い炎の中に一点だけ、俺を映したガイの瞳が光さしたのに、『今』は無いことを突きつけられて。
やっぱりこの世界ではどうやっても俺は受け入れられないのだとわかって、哀しかった。
繰り出される剣戟を交わしながらも、俺の心は遠くにあった。
「死ね」
ガイの唇から紡ぎ出されたその二文字が俺の全ての動きを奪った。力押しに負けた俺の手から剣が弾
き飛ばされて離れた地面に突き刺さった。尻餅をついて武器も無くなり、為す術が無くなった俺にガイが
微かに口元を吊り上げた。
あぁ、やっと果たせる時がきた。この時をどれ程待ち侘びたことか。
でもこいつは本物の『ルーク』じゃなかったんだったな。まぁ、練習台とでも思えば良い。
それだけでも今の俺には十分だ。
だけど気に喰わない。
何故そんな泣きそうな顔をする?
死にたくないのなら命乞いをしてみれば良いものを。
地に額を擦り付けて懇願しろ。その方が俺もまた殺しやすくなるからな。
実際に土下座をしたのだったら俺はその姿を嗤ってやろう。
嗤いながら、その首筋へ剣を振り下ろしてやる。
そして情けなく地面に這い蹲った息子の姿について、嗤いながら公爵に話してやろう。
正しくは息子のレプリカだけどな。
・・・それなのに。
どうして抵抗を見せないんだ。
死にたいのか・・・・・・?
俺はガイが大好きだ。ずっとずっと・・・、こんな情けない俺を見守ってくれていた。
大切な存在なんだ。『ガイ』にとって俺がそうでなくても。
俺にはかけがえのない人なんだ。
だからガイが殺したいと思うのなら、それでも良いと思った。
アッシュを連れて元の世界には戻れなくなるけど、別にいいや。
死ぬのは怖いよ。見っとも無く身体が震えてきそうになる。
でも、微塵の躊躇いも見せないで俺に剣を向けるガイを見て、ガイになら殺されてもいいって思ったんだ。
せめてもの恩返しになるかもしれないから。
ごめん、アッシュ。
ごめんな、ガイ。
俺を殺して、満足出来るのなら・・・・・・殺してください。
やっぱりどの世界のガイであっても、俺にとっては変わりのないガイなんだ。
静かに見つめる俺に、ガイが無表情になって剣を一閃させた。それは間違いなく俺の喉笛を切り裂くは
ずだった。しかしそれは突然俺とガイの間に入り込んできた人間が妨害した。ガイの剣を受け止めて、
驚きに目を瞠るガイの鳩尾に拳を叩き込んで意識を奪ってしまった。
崩れ落ちるガイをぼんやりと視線で追って、それから俺は目の前に立つ青年を見て呟いた。
「・・・・・・セイル?」
数日前にケテルブルクで少しだけ会話をした茶色い髪の青年。セイルは俺の方を振り向いて一瞬険し
い表情を見せたけど、すぐに困ったような笑みを浮かべた。その表情の変化がとても懐かしく思えた。
眉尻を下げて笑う表情がガイにとても似ていたからだ。
セイルは俺の前で膝を折って目線を合わせてきた。あぁ、目もガイに似ている。
「怪我は・・・、頬が切れてるな」
優しい口調でセイルは言うと、腰に下げていたポーチからグミを出して俺に差し出してきた。それを少し
だけ躊躇った後で受け取って口に入れる。セイルは俺の喉が上下したのを確認すると立ち上がった。
それから手を差し伸べてくれて俺が立ち上がるのを手伝ってくれた。
「あ・・・、あり、がと」
「いいえ、どうしたしまして」
セイルは笑うと、周囲に視線をめぐらせた。俺とガイが切り結んでいる間に皆がラルゴとシンクは撃退
出来たらしい。倒れているガイに気がついた皆がこっちに駆け寄ってくる。一番先に駆け寄ってきたティ
アはガイの様子を見て、警戒するようにセイルを睨み付けた。ナタリアとアニスもセイルをじっと見てい
た。ただイオンだけはセイルと目が合ったのか、安堵したような笑みを浮かべていた。
「さて、それじゃあ俺は行くよ。元気で、ルーク」
セイルは警戒心が剥き出しの三対の視線に苦笑を零すと、歩き出した。俺はセイルを呼び止めたかっ
たけど、タイミング悪くマルクト兵士が騒ぎを聞きつけて俺たちを取り囲んでしまったので、無理だった。
抵抗しないで大人しくしましょう。ティアの言葉に皆が頷いている。ちらりと兵士の合間から見える森の
奥を俺が見たときには、もう青年の姿は見つけられなかった。
* * * * *
ルークを置いてさっさとその場から逃げ出した俺は、盛大に息を吐き出した。
イオンは俺と目が合ったときに笑ってはいたものの、不安そうだった。やっぱりルークの身を案じてくれ
ているのはイオンだけのようだ。
しかも
「よりによって『俺』があれじゃあなぁ・・・」
思わず苦い顔をしてしまう。『自分』がルークへ剣を向けている姿は見ていて気分の良いものではなか
った。しかしルークもルークだ。また変な考えを持って抵抗をしなかったのだろう。相変わらず馬鹿な奴
だ。
だから放って置けなくなる。
でもそれが、お前が俺との賭けに勝った証拠なんだよな。
「『生きる理由』が変わった事を、俺は後悔してないよ」
お前が『ルーク』であったからこそ、俺は今こうして生きているんだ。
自分で書いておきながらガイの首を締上げてやりたくなりました。
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07.13